東京地方裁判所 平成元年(ワ)8560号 判決 1992年1月21日
原告(反訴被告)
和泉延夫
右訴訟代理人弁護士
荒木和男
同
田中裕之
同
釜萢正孝
同
近藤良紹
同
早野貴文
同
宗万秀和
被告(反訴原告)
有限会社小松新聞舗
右代表者代表取締役
小松敏彦
被告(反訴原告)
小松敏彦
右両名訴訟代理人弁護士
横幕武徳
主文
一 被告有限会社小松新聞舗(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金三二万〇一〇七円及びこれに対する平成元年七月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告(反訴被告)は、被告有限会社小松新聞舗(反訴原告)に対し、金九八万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年九月一〇日から支払済まで年五分の割合による金員を、被告小松敏彦(反訴原告)に対し、金二〇万円及びこれに対する平成元年九月二七日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
三 原告(反訴被告)、被告有限会社小松新聞舗(反訴原告)及び被告小松敏彦(反訴原告)のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。
五 この判決は、第一、第二項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 原告(反訴被告。以下単に「原告」という。)が、被告有限会社小松新聞舗(反訴原告。以下単に「被告会社」という。)に対し、労働契約上の地位を有することを確認する。
2 被告会社は、原告に対し、金三〇八九万九二四四円及びこれに対する平成元年七月九日から支払済まで年五分の割合による金員並びに平成三年一一月一〇日以降毎月一〇日限り金六二万八五二五円の割合による金員を支払え。
3 被告小松敏彦(反訴原告。以下単に「被告小松」という。)は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一二月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 第2、3項につき仮執行宣言
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 原告は、被告会社に対し、金三五二万円及び内金一五二万円について昭和六三年八月一一日から、内金二〇〇万円について平成二年八月二二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告は、被告小松に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成元年九月二七日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は原告の負担とする。
4 第1、2項につき仮執行宣言
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 被告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は本訴、反訴を通じて被告らの負担とする。
第二当事者の主張
(本訴について)
一 請求原因
1 原告は、昭和六二年八月二三日に被告会社と労働契約を締結した。原告と被告会社との間の労働契約の内容は次のとおりである。
本給 一か月二五万三〇〇〇円
労働時間 八時間(超えた分は、本給と別に超過手当を支給する。)
休日 週一回完全休
仕事の内容 新聞配達、拡販、チラシ折込、チラシ作成作業、集金、顧客管理、古紙回収等
手当 拡販手当は一戸三〇〇〇円、一〇戸以上の場合は更にプレミアムをつける。
ボーナス 七月と一二月に各二〇万円
支払日 毎月末締切、翌月一〇日支払
2(一) 原告は、週一回の公休日以外(昭和六二年八月から同年一一月までは休みを全くとらなかった。)は、次のような勤務を行った。
紙分け作業 午前二時から午前二時三〇分まで
配達作業(朝刊) 午前二時三〇分から午前六時三〇分まで
不着当番 午前六時三〇分から午前一〇時三〇分まで
拡張、集金、折込作業 午前一〇時三〇分から午後三時まで
配達作業(夕刊)午後三時から午後五時三〇分まで
拡張、集金、折込作業 午後五時三〇分から午後七時三〇分まで
合計 一日一七時間三〇分
(二) 原告の基本給は二五万三〇〇〇円であり、月平均二五日勤務、一日八時間労働であるから、原告の一時間当たりの賃金は一二六五円となり、被告会社が原告に支払うべき賃金は、一日当たり一二六五円×八時間+一二六五円×一・二五(労働基準法三七条)×(一七・五時間-八時間)=二万五一四一円(一円未満切捨て)である。したがって、被告会社が昭和六二年八月分から昭和六三年七月分までとして支払うべき賃金は、別表一「本来支給されるべき賃金」欄記載のとおりであるが、被告会社が原告に支払った賃金は、別表一「支払給与」欄記載のとおりであるから、昭和六二年八月分から昭和六三年七月分までの未払賃金は合計で六二九万〇七六九円となる。また、昭和六三年八月分から平成三年一〇月分までの未払賃金は、六二万八五二五円×三九か月=二四五一万二四七五円となる。したがって、被告会社の未払賃金は、総額三〇八〇万三二四四円である。
3 原告は、昭和六二年八月から昭和六三年七月まで、被告会社に対し毎月三〇〇〇円を親亀会費として、五〇〇〇円を旅行積立金として預けさせられていたが、預けることについて原告の同意はなく、親亀会費によって原告は何の利益も受けておらず、また旅行には参加していないので、(三〇〇〇円+五〇〇〇円)×一二か月=九万六〇〇〇円は、被告会社の不当利益となっている。
4 被告会社は、昭和六三年八月八日午後一〇時に原告を普通解雇(以下「本件解雇」という。)したとして、原告と被告会社との間の労働契約の存在を争っている。
5(一) 原告は、昭和六三年一〇月八日午後二時ころ、警視庁亀有警察署において傷害容疑で逮捕され、以後勾留され、同年一〇月一九日夜間に釈放された。原告の容疑は、山口完(以下「山口」という。)に暴力を振るい傷害を与えたというものであったが、これは山口と原告が同年八月八日に口論をしたこと及び山口が昭和六三年七月二一日に酔っぱらいとのけんかで後頭部に傷を受けたことを利用して、被告小松と山口が行った架空の告訴であったので、嫌疑なしで釈放されたものである。
(二) 原告は、身に覚えのない犯罪で突然逮捕、勾留されたことで立腹し、従来から柏警察署に告訴していた被告小松についての業務上横領の件(親亀会費の件)と柏の労働基準監督署に調査依頼していた件(超過勤務手当不払の件)に加えて、誣告罪での告訴を考えた。原告は、昭和六三年一一月三〇日午後九時ころに、被告会社の柏高田店の店長梨木稚之(以下「梨木」という。)に呼び出された場所に行ったところ、そこには暴力団に属する丁字屋一家の松川某、吉村組の吉村某外一名がおり、原告に対して、入れ墨を見せるなどして柏警察署への告訴と柏労基署への調査依頼を取り下げるように強要した。結局三時間後に取下げを約束して原告は釈放されたが、その間冷蔵庫や机に押しつけられたり、左肘をねじられるなどの暴行を受けた。松川某らは、原告が労基署に提出した未払金のコピーを持っているなど被告小松の依頼により行動していることが明白であった。
(三) 被告小松は架空の傷害罪を作り上げ、逮捕、勾留までさせ、正当な権利の行使としての告訴と労基署への調査依頼について暴力団を手先に使ってその取下げを強要したのであって、原告に対する不法行為となることは明らかである。原告は、右(一)及び(二)の一連の不法行為により精神的損害を被ったが、それを慰謝するには三〇〇万円が相当である。
6 よって、原告は、被告会社に対し、労働契約上の地位を有することの確認、未払賃金として金三〇八〇万三二四四円、不当利得金として金九万六〇〇〇円及びこの合計金三〇八九万九二四四円に対する訴状送達の日の翌日である平成元年七月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに平成三年一一月一〇日以降毎月一〇日限り一か月金六二万八五二五円の割合による賃金の支払いを求め、被告小松に対し、不法行為による損害賠償として金三〇〇万円及びこれに対する不法行為後である昭和六三年一二月一日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 原告と被告会社が、昭和六二年八月二三日に労働契約を締結したことは認める。労働契約の内容のうち、本給、労働時間、週休、ボーナスについては否認し、仕事の内容については認める。
2(一) 請求原因2(一)の事実のうち、原告が昭和六二年八月から同年一一月までは休みをとらず働いたことについては否認する。紙分け作業、不着当番及び折込作業は、毎日の作業ではなく当番制なので、当番が重なったとしても多くて週二日である。配達作業(朝刊)は四時間は要していない。集金については、毎月集金期間として二六日から翌月一〇日まで(ただし一二月は二〇日から三一日まで)となっているが、現実問題として二六日から翌一日までで全体の七〇%から八〇%が終了している。したがって、原告の主張するような毎日一七時間以上の労働時間などありえない。
(二) 請求原因2(二)の事実は否認する。
3 請求原因3の事実のうち、原告が親亀会費として三〇〇〇円を、旅行積立金として五〇〇〇円を昭和六二年九月から昭和六三年七月まで積み立てていたことは認める。原告は、昭和六二年一一月八日の旅行に参加しており、被告会社は何ら不当利得をしていない。
4 請求原因4の事実は認める。ただし、本件解雇の意思表示をしたのは、昭和六三年八月九日である。
5(一) 請求原因5(一)の事実のうち、原告が亀有警察署に逮捕、勾留されたことは認める。原告が逮捕、勾留されたのは、昭和六三年八月八日午後五時三〇分ころ、原告が被告会社の亀有南店にきた際、店長の山口を殴り、傷害を負わせたためである。
(二) 請求原因5(二)の事実のうち、梨木が原告を呼び出したこと及び松川某、吉村某が原告に対して暴行を加えたことは否認する。
(三) 請求原因5(三)の事実のうち、架空の傷害罪を作り上げたこと及び暴力団を手先に使ったことは否認する。その余の事実は知らない。
三 抗弁
1 本件解雇の理由は、次のとおりである。
原告は、昭和六三年八月八日午後五時三〇分ころ、被告会社の亀有南店において、同店の店長山口に対して暴力を働き、同人に対して約二週間の加療を要する頸椎捻挫の傷害を負わせた。原告のこの行為は、被告会社の就業規則一九条一号「法規にふれるなど、従業員として対面を汚した時」に該当するので、本件解雇の意思表示を行った。
2 したがって、昭和六三年九月八日の経過により、原告と被告会社との労働契約は終了しているのである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。原告は、昭和六三年八月八日に山口と口論をしたことはあるが、山口に手を出したことはない。また、山口は同年七月二一日に酔っぱらいとのけんかで後頭部に傷を受けたことはあるが、同年八月八日に負傷したことはない。
2 抗弁2の事実は否認する。
(反訴について)
一 請求原因
1 被告会社は、原告に対し、昭和六二年八月二一日から昭和六三年八月一日までの間に、別表二「和泉延夫への貸付金」の年月日欄及び金額欄記載のとおりの金員合計二三一万円を貸し渡した。原告は、被告会社に対し、別表二「和泉延夫の返済金」の年月日欄及び金額欄記載のとおりの金員合計七九万円を返済したが、残金一五二万円が返済されないままとなっている。
原告と被告会社との金銭消費貸借は、従業員から貸付の求めがあった際に被告会社が貸し付けているもので、原告が被告会社に就労している限りは、毎月一〇日の給料日に原告の都合を考えてその返済額を決め返済を受けるという性質のものである。ところが、原告に対しては昭和六三年八月九日に本件解雇が行われたのであるから、遅くとも同月一〇日には一五二万円を返済しなければならないものである。
2(一) 原告は、本件解雇を受けるとこれを逆恨みして、被告会社が朝日新聞の販売店であることから、朝日新聞東京本社に行って、「なぜ被告会社と取引をしているのだ。」「被告会社はめちゃくちゃな経営だ。」などと担当者に述べ、さらに被告会社は親亀会費を退職したものに支払わない、旅行積立金を退職したものに支払わない、虚偽事件をでっちあげ原告を解雇した、不法労働を強制した、暴力団を使い暴行による強要をしたなどという内容の被告会社を誹謗中傷する文書を朝日新聞東京本社に送りつけるなどした。
(二) 原告は、親亀会費及び旅行積立金を被告小松及び梨木が業務上横領したなどといって、柏警察署に告訴する行為に出た。さらに、原告は、被告小松が昭和六三年一一月三〇日に暴力団員を使い原告に対する強要、監禁を行ったなどと全く虚偽の事実を述べて、被告小松を柏警察署に告訴した。
(三) 原告の右(一)及び(二)の言動は、被告らに対する嫌がらせと自己の主張を無理矢理に実現させるために行われたものである。さらに、告訴内容は、すべて根拠のない捏造である。
原告の右(一)及び(二)の不法行為により、被告会社は、朝日新聞東京本社に対する信用を失墜し、社会的にも名誉が著しく損なわれ、その損害は二〇〇万円となる。
さらに、原告の右(一)及び(二)の不法行為により、被告小松は、その名誉を著しく傷つけられ、その損害は一〇〇万円となる。
3 よって、被告会社は、原告に対し、貸金として金一五二万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六三年八月一一日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに不法行為による損害賠償として金二〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成元年九月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、被告小松は、原告に対し、不法行為による損害賠償として金一〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成元年九月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実について
別表二「和泉延夫への貸付金」(略)のうち、昭和六二年八月二一日の二万円、同月二二日の一五万円及び同月三〇日の八万円について貸付を受けていること及び別表二「和泉延夫の返済金」のうち、毎月二万円の返済(回数合計一〇回、金額合計二〇万円)を行ったことは認め、その余は否認する。
被告会社が別表二「和泉延夫への貸付金」で主張する金銭消費貸借契約のうち、昭和六二年八月二一日の二万円、同月二二日の一五万円及び同月三〇日の八万円を除くものは、金銭の交付がなく要物性の要件をみたしていないものであって無効である。すなわち、この金銭消費貸借契約は、原告が集金を担当する新聞代金の未収分について、貸主を被告会社とし、借主を原告とする金銭消費貸借の形をとったものであって、原告の借用証への署名も強制によるものである。
2(一) 請求原因2(一)の事実のうち、原告が朝日新聞東京本社を訪れ、従業員労務対策担当社員に対して、親亀会費の事実、旅行積立金の事実及び原告が理由なく解雇された事実を告げたことは認め、その余は否認する。
(二) 請求原因2(二)の事実のうち、原告が被告小松を業務上横領及び強要、監禁の事実で柏警察署に告訴したことは認め、その余は否認する。
(三) 請求原因2(三)第一段の事実は否認し、第二、三段の事実は知らない。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。
理由
第一本訴について
一 請求原因1の事実のうち、原告と被告会社が、昭和六二年八月二三日に労働契約を締結したこと、原告の仕事の内容が新聞配達、拡販、チラシ折込、チラシ作成作業、集金、顧客管理、古紙回収等であったことは当事者間に争いがない。
(証拠・人証略)によれば、原告の賃金については、以下の事実が認められる。
原告は、以前から知り合いであった高橋幹夫(以下「高橋」という。)及び斉藤晃(以下「斉藤」という。)とともに同時に被告会社に入社した。入社にあたっての条件の交渉は、最終的には右の三人が同席して被告小松と行い、右の三人の賃金は拡張手当を除く諸手当込みで一七万五〇〇〇円と定められ、原告は柏高田店に、高橋は亀有南店に、斉藤は流山東部店にそれぞれ配属となった。昭和六二年八月分の賃金として、原告、高橋及び斉藤にはほぼ月額一七万五〇〇〇円を基準とした日割金額が支払われ、同年九月分の拡張手当を除く賃金として、原告に一七万五一〇〇円が、高橋に一七万五〇〇〇円が、斉藤に一九万五一〇〇円が支払われた。ところが、昭和六二年一〇月分の賃金の支払期日である同年一一月一〇日に、原告と斉藤とが、柏高田店(同店は流山東部店も統括している。)店長である梨木に対して給料が安すぎると文句をいったために、同人が被告小松と相談することなく独断で昭和六二年一〇月分から右両名の賃金を上げ、以後両名に対して拡張手当を除いて二五万円前後(原告については、最低で昭和六二年一〇月分の二一万一五二五円、最高で昭和六三年八月分の二九万三四六一円であり、斉藤については最低で昭和六二年一〇月分の一九万六四五一円、最高で昭和六三年四月分ないし六月分の二八万五一〇〇円である。)の賃金が支払われることになったが、被告小松が直接経営管理を行っている亀有南店の高橋については、昭和六二年一〇月分以降も拡張手当を除いてほぼ一七万五〇〇〇円の賃金が支払われていた。
これに対して、原告は、被告小松との入社にあたっての話し合いでは、所得税と二万五〇〇〇円の食費などを控除した後の手取りの賃金で二〇万円を保証すると決定されたと供述するが、原告と同じ条件で採用された高橋の賃金は一貫してほぼ一七万五〇〇〇円であったこと、原告の昭和六二年八月分と同年九月分の賃金は一七万五〇〇〇円であることを前提として支払われているにもかかわらず、原告は被告会社に勤務中はその差額を請求するなどしていないことなどからすれば、原告のこの供述は信用できない。
したがって、基本給が月二五万三〇〇〇円であったとする原告の主張は、理由がない。
二 (証拠・人証略)の結果によれば、労働時間については、以下の事実が認められる。
被告会社の就業規則によれば、労働時間は一日八時間とされている。朝刊の配達に要する時間は、長く見積もっても午前二時三〇分から午前六時三〇分までの約四時間(通常は午前三時から午前六時までの約三時間)であり、夕刊の配達に要する時間は、長く見積もっても午後三時から午後五時三〇分までの約二時間三〇分(通常は午後三時から午後五時までの約二時間)であり、新聞配達に要する時間は、長く見積もっても合計約六時間三〇分(通常は合計約五時間)であった。その他に一週間に一、二回当番がまわってくる紙分け作業に要する時間が午前二時から午前二時三〇分までの約三〇分、同じく一週間に一、二回まわってくる不着当番に要する時間が午前六時三〇分から午前一〇時三〇分までの約四時間であり、一週間に約二回当番がまわってくるチラシ折込に要する時間が午前一一時からの約二時間であった。さらに、毎月二六日から翌月の一〇日までは集金のための労働時間が必要であり、古紙回収作業が月一回午前九時から午後三時まで行われており、その他に拡販のための時間も必要であった。また、休日は週一回であり、原告は概ねこの休日を取得しており、休日に勤務した場合には概ね休日手当が支給されていた。
したがって、原告の労働時間としては不着当番を行う日と古紙回収作業を行う日以外は概ね一日八時間以内におさまっていたものというべきであり、一日当たり九時間三〇分の時間外労働を行っていたとする原告の主張は理由がない。
また、原告が若干の時間外労働を行っていたことは認められるが、その時間が何時間になるのかについては原告の立証がないものといわなければならない。
以上によれば、昭和六二年八月分から昭和六三年七月分までの未払賃金があるとする原告の主張は理由がない。
三 (証拠・人証略)の結果によれば、原告は被告会社への入社にあたって、毎月三〇〇〇円を親亀会費として、五〇〇〇円を旅行積立金として控除することについて同意していたこと、親亀会費は従業員の親睦と独立する者に対する資金援助のために徴収されていたものであり、被告会社を退職する場合にも返還する取扱いにはなっていなかったこと、旅行積立金は年一回の従業員旅行の費用とするために徴収されていたものであり、旅行に参加しなかった場合には全額返還されていたこと、原告は昭和六二年一一月の旅行には参加したが、昭和六三年の旅行には参加していないことが認められる。
これに対して、原告は親亀会費と旅行積立金の控除について同意したことはないと供述するが、(証拠略)によれば、毎月の給料支払明細書には控除の費目として親亀会費と旅行積立金が明示されていたことが認められ、それにもかかわらず原告は被告会社に勤務中はその控除について特に異議をいっていなかったのであるから、この点についての原告の供述は信用できない。
したがって、昭和六三年の旅行積立金として控除された昭和六二年一一月分から昭和六三年七月分までの金額五〇〇〇円×九か月=四万五〇〇〇円については、被告会社の不当利益となっていることが認められるが、その余の金額については被告会社が不当に利益しているものとは認められない。
四 本件解雇の効力について
1 請求原因4の事実は本件解雇の日時を除き当事者間に争いがなく、(証拠・人証略)の結果によれば、本件解雇が行われたのは昭和六三年八月九日であることが認められる。
2 (証拠・人証略)の結果によれば、以下の事実が認められる。
昭和六三年八月八日に、亀有南店にいた山口に対して原告から「何を突っ張っているんだ。これから行くから待っていろ。」との電話があり、山口が被告小松と電話で対応策を相談していた午後四時三〇分ころ、原告が亀有南店に現れ、椅子にすわって電話をかけていた山口の口もとを一回殴り、山口は後ろの壁で頭を打った。その場には、小松の妻と娘、従業員の三名がいたが、被告小松の妻が一一〇番通報をし警察官が現場にかけつけたが、会社内のトラブルであり騒ぎはおさまっているということでさしたることもせずに引き揚げていった。その後、山口は被告小松に勧められて、同日午後一〇時四〇分ころ、亀有病院で受診し、頸椎捻挫で約二週間の加療を要するとの診断を受けた。被告小松は、昭和六三年八月九日に、柏高田店で梨木も交えて原告と話し合ったが、反省の態度がみえなかったために原告に対して本件解雇を言い渡した。被告会社の就業規則一九条本文には「所長は次の各号による場合は、従業員を解雇することができる。」と規定され、同条一号には「法規にふれるなど、従業員として対面を汚した時」と規定されている。
原告は、昭和六三年八月八日に山口に対して暴力をふるったことはないと供述するが、証人山口完は原告から一回殴られたと明確に証言していること、(証拠略)(亀有病院のカルテ)には「午前四時三〇分(年月日は昭和六三年八月八日である。)顔面をなぐられる。壁に頭がぶつかる。」と記載されていることなどからすれば、この点についての原告の供述は信用できない。また、原告は、亀有病院の診断書に記載されている傷病名は、山口が昭和六三年七月二一日酔っぱらいとのけんかで頭部に傷を受けたときのものであり、同年八月八日に受けた傷害ではないと主張し、成立に争いのない(証拠略)(目白第三病院のカルテ、外来会計カード)によれば、山口は昭和六三年六月一六日午前四時ころ全く面識のない四人位の人間にビールびんで頭を殴られ頭部・左前腕打撲、頸椎挫傷で全治二週間の診断を受けたことが認められるが、このような事実があるからといって、山口が同年八月八日に傷害を負ったことが否定されるわけではなく、原告の主張は理由がない。
そこで、本件解雇の効力について判断するに、被告会社の他店の店長に暴力をふるい加療約二週間を要する傷害をあたえたことは、被告会社の就業規則一九条一号に該当するというべきであり、本件解雇が解雇権の濫用にあたることをうかがわせる事情は存在しない。また、被告会社は、労働基準法が定める三〇日の予告期間をおかず、解雇予告手当を提供することなく本件解雇の意思表示を行っているが、被告会社が即時解雇に固執しているものとは認められないから、本件解雇の意思表示から三〇日の期間が経過することによって解雇の効力が生ずるものと解すべきである。
したがって、原告は本件解雇の意思表示から三〇日間の賃金を請求することができる(被告会社が原告の労務提供を受け入れない意思は明確であるから、原告の労務提供の有無にかかわらず原告は賃金を請求することができるというべきである。)が、それ以後の賃金を請求することはできないものといわなければならない。そして、本件解雇の意思表示から三〇日間の賃金の額としては平均賃金の三〇日分であると解するのが相当であり、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、原告の賃金の締切日は毎月末日であったこと、原告の賃金として昭和六三年五月分は二七万五一〇〇〇円が、同年六月分は二七万五一〇〇〇円が、同年七月分は二九万三四六一円が支払われたこと(前記一認定のとおり、梨木稚之は被告小松と相談することなく独断で昭和六二年一〇月分からの原告の賃金を引き上げたものであるが、被告兼被告会社代表者小松敏彦本人尋問の結果によれば、被告小松は昭和六三年五月ころに梨木稚之が原告の賃金を引き上げていることを知ったがこれを以後黙認したことが認められ、これによれば原告の賃金の引き上げについては被告会社の代表者である被告小松の追認があったものと認められる。)が認められ、昭和六三年五月一日から同年七月三一日までの総日数は九二日であるから、平均賃金は八四万三六六一円÷九二日=九一七〇円二二銭となり、平均賃金の三〇日分は二七万五一〇七円(小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律一一条により一円未満の端数は四捨五入した。)となる。
3 以上によれば、原告の昭和六三年八月分以降の賃金請求は、二七万五一〇七円の限度で理由があり、その余は理由がないというべきである(<証拠略>)によれば、昭和六三年八月一日から同月九日までの日割賃金として九万一〇八〇円が支払われていることが認められる。)。
五 請求原因5について
1 証人山口完の証言及び被告兼被告会社代表者小松敏彦本人尋問の結果によれば、山口は被告小松に勧められて原告から昭和六三年八月八日に暴行を受け傷害を負ったとして警察に告訴したことが認められるが、原告が昭和六三年八月八日午後四時三〇分ころに山口の口もとを一回殴り、同人は後ろの壁で頭を打って加療約二週間を要する頸椎捻挫の傷害をおったことは前記四2に認定のとおりであるから、被告小松が山口に告訴を勧めこれによって山口が原告を告訴したことが、原告に対する関係で不法行為となることはないといわなければならない。
2 原告は、被告小松が暴力団を手先に使って原告の警察に対する告訴と労基署への調査依頼の取り下げを原告に対して強要したと主張するので、この点について判断する。
(人証略)の結果によれば、原告が本件解雇をされた後に松川某が被告会社に入社し柏高田店に勤務するようになったこと、松川は原告がたびたび柏高田店に現れることを不快に思っていたこと、昭和六三年一一月三〇日に原告が被告会社の元従業員の厚生積立金の支払いの件で柏高田店を訪れた際に松川に呼び止められ柏高田店内で話し合っていたこと、柏高田店内には梨木もいたが松川と原告との間で言い争いなどはなかったこと、その後原告と松川は別々に柏高田店を出て行ったことが認められる。
原告は、昭和六三年一一月三〇日に松川らから警察への告訴と労基署への調査依頼を取り下げるように三時間にわたって強要され、その間左肘をねじられるなどの暴行を受けたと主張するが、原告本人尋問においてもその点に関する具体的な供述は全く行っておらず、わずかに昭和六三年一一月に松川と吉村が入れ墨をちらつかせながら借入金の一覧表のような帳簿に名前を書くように強要され、名前を書いてしまったと原告主張事実とは異なることを供述するのみであるから、右の原告主張事実を認めることはできない。
3 したがって、原告の被告小松に対する不法行為に基づく慰謝料請求は理由がない。
第二反訴請求について
一 請求原因1について
(証拠・人証略)によれば、被告会社は、原告に対し、昭和六二年八月二一日から昭和六三八月一日までの間に、昭和六三年一月二五日の一五万円、同年二月一九日の五万円、同月二七日の四万円、同年四月一二日の二〇万円、同年五月二七日の九万五〇〇〇円を除いて別表二「和泉延夫への貸付金」の年月日欄及び金額欄記載のとおりの金員(昭和六二年八月二一日の二万円、同月二二日の一五万円及び同月三〇日の八万円の貸付があったことは当事者間に争いがない。)合計一七七万五〇〇〇円を貸し渡したことが認められる。
(人証略)によれば、被告会社が原告に貸付を行う場合には必ず原告名義の借用証を取っていたことが認められるのであるから、借用証が存在しないことについての合理的な理由が存在しなければ、借用証がないものについては貸付が行われたことを認めることができないというべきであるが、昭和六三年一月二五日の一五万円、同年二月一九日の五万円、同月二七日の四万円、同年四月一二日の二〇万円、同年五月二七日の九万五〇〇〇円については借用証が存在せず、借用証が存在しないことについて合理的な理由があることを認めるに足りる証拠はないから、右の合計五三万五〇〇〇円については貸付が行われたことを認めることはできないといわざるをえない。
また、原告は被告会社が別表二(略)「和泉延夫への貸付金」で主張する金銭消費貸借契約のうち、昭和六二年八月二一日の二万円、同月二二日の一五万円及び同月三〇日の八万円を除いたものは、原告が集金を担当する新聞代金の未収分について、貸主を被告会社、借主を原告とする金銭消費貸借の形をとったにすぎず、実際の金銭の授受は行われていないと主張し原告もこれに沿う供述をしているが、原告が多額の新聞代金の未収分について借用証を書かなければならない理由は存在しないこと、新聞代金の集金期間は前記第一の二に認定のとおり毎月二六日から翌月一〇日までであり、翌月の一一日にならなければ未収分の金額は確定しないにもかかわらず貸付の年月日は二六日から翌月の一〇日までのものが多いことなどからすれば、この点についての原告の供述は信用できない。さらに、原告は借用証を書いたもののなかには梨木稚之が店長として新聞拡張員に支払う金銭を調達するのを手伝うためのものもあったと供述するが、原告が借用証を書いたからといってそれを利用して梨木が資金を調達することができるわけではなく、単なる帳簿上の帳尻あわせであるとすればわざわざ原告から借用証を書いてもらわなくともその他の方法も十分考えられるのであるから、原告の右の供述も信用することはできない。
(証拠・人証略)によれば、原告は、被告会社に対し、別表二「和泉延夫の返済金」の年月日欄及び返済金欄記載のとおりの金員合計七九万円を返済したことが認められ、原告の未返済額は九八万五〇〇〇円となる。
被告会社の原告に対する貸付は、従業員に対する貸付の性格を有するものであるから従業員としての資格を失ったときには弁済期が到来するものと解すべきであり、原告は本件解雇の効力が生じた昭和六三年九月九日には未返済額の九八万五〇〇〇円を返済しなければならなかったものというべきである。
二 請求原因2について
1 (証拠・人証略)によれば、原告は、被告会社が親亀会費及び旅行積立金を退職したものに支払わない、虚偽事件をでっちあげ原告を解雇した、不法労働を強制した、暴力団を使い暴力によって告訴の取下げを強要したという内容の文書を朝日新聞東京本社に送りつけたこと、原告は、朝日新聞東京本社に行って担当者に対して右文書と同様の内容を話したこと、被告会社は、原告が文書及び口頭で述べた内容について、朝日新聞東京本社から詳しく事情を聞かれるなどといったことはなかったことが認められる。
したがって、原告の右行動によって、被告会社が朝日新聞東京本社に対する信用を失墜したものとは認められず、また被告会社及び被告小松の名誉が現実に傷つけられたこともなかったものと認められる。したがって、原告の右行動によっては、被告会社及び被告小松には損害は発生していないものというべきである。
2 請求原因2(二)の事実のうち、原告が被告小松を親亀会費及び旅行積立金を業務上横領した事実及び昭和六三年一一月三〇日に暴力団を使い原告に対する強要、監禁を行った事実で柏警察署に告訴したことは当事者間に争いがなく、被告小松が親亀会費及び旅行積立金を業務上横領したこと及び昭和六三年一一月三〇日に暴力団を使い原告に対する強要、監禁を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
そこで、原告が告訴を行ったことが不法行為になるかについて、検討する。
弁論の全趣旨によれば親亀会費の使途については従業員に対して明確な説明はなされていなかったことが認められ、旅行積立金については前記第一の三に認定のとおり被告会社の不当利得分が認められるのであるから、原告が被告小松を親亀会費及び旅行積立金を業務上横領したとして告訴したことにも無理からぬ面があったということができ、右の告訴について原告に過失があったということはできない。
原告が昭和六三年一一月三〇日に暴力団員から被告小松に対する警察への告訴及び労基署への調査依頼を取り下げるように強要され、その際に監禁された事実を認めることができないことは前記第一の五の2のとおりであるから、被告小松が暴力団を使って原告に対する強要、監禁を行ったとして原告が被告小松を告訴したことは虚偽の事実に基づく告訴であり、被告小松に対する不法行為となることが明らかであり、これにより被告小松はその名誉感情を傷つけられたことが認められ(被告兼被告会社代表者小松敏彦本人尋問の結果によれば、被告小松はこの告訴事実について警察及び検察の取調べを受けただけであることが認められるから、同人の名誉が社会的に害され損害が発生したとまでは認められない。)、その精神的苦痛を慰謝すべき慰謝料二〇万円が相当である。また、被告会社は原告の右告訴により、被告会社も損害を被ったと主張するが、被告小松のほかに被告会社が独立して損害を被ったことを認めるに足りる証拠はない。
第三結論
以上によれば、原告の本訴請求は、被告会社に対し、賃金二七万五一〇七円及び不当利得金四万五〇〇〇円並びにこれらの合計三二万〇一〇七円に対する訴状送達の日の翌日である平成元年七月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるので認容し、被告会社に対するその余の請求及び被告小松に対する請求は理由がないから棄却し、被告会社の反訴請求は、貸金九八万五〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六三年九月一〇日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、被告小松の反訴請求は、不法行為による損害賠償金二〇万円及びこれに対する不法行為後である平成元年九月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山本剛史)